【アラブの春】なぜエジプトの民主化は失敗に終わったのか?

アラブの春の流れの中でエジプトでは2011年初頭に約30年に渡るムバラク政権が民衆の革命によって崩壊し、ムスリム同胞団を中心とするモルシー大統領が誕生し、民主化は成功したかのように思えた。新しい議会と大統領はイスラム穏健派が最大勢力となり、自由や人権も保証させつつあった。

しかし、2013年7月には今度はモルシー大統領の強権的な発言に対する民衆の反政府デモが活発になり、軍部が中心となって政権が崩壊するクーデターが起きた。

以後、イスラム勢力と軍部を支持する世俗派との間で衝突が起きるようになり、さらに軍中心の独裁化も進みつつある。再び強権的な政治へと戻ってしまったのがエジプトにおけるアラブの春だった。

富裕層・既得権者には脅威だったイスラム勢力!

アラブの春

出典:cnn.com

イスラム穏健派であったムスリム同胞団が支持母体の自由公正党は、低所得者層から大きな支持を得ていた。また、イスラム教の教えを大切にする人々からの応援も大きかった。加えて、古くからムスリム同胞団は教育や福祉活動に力を入れてきたこともあって、政治勢力としては十分な力を持っていた。

こうしたことから、革命が起きて新しい国作りのための選挙が行われると、ムスリム同胞団の勢力に投票する人々が多かった。だからモルシー大統領が率いる自由公正党が政権を獲得できたというわけだ。

一方、高所得者層や既得権益者にとっては大きな脅威であった。これまでに獲得できた経済活動の場が縮小される可能性があったからだ。イスラム勢力は「大きな政府」を目指していたことから、経営者層に税制などで大きな負担が求められる可能性が存在していた。

自分たちのビジネスが危機にさらされることも否定できなかったため、どちらかといえば世俗的な軍中心の政治の方を歓迎していた。

そして、実際にモルシー政権ができても経済状況は回復する気配はあまりなく、しかもイスラム教原理主義的な政策の実行が多かったこともあり、それに反対する人が徐々に増えていった。

こうした経緯から、エジプトの人々は不安定なイスラム勢力中心の政治ではなく、再び強い軍の指揮下のもとで安定した政治を求めるようになったといえる。

それと同時に人権や自由の保障も薄れていき、結果的に欧米で普遍的となっている民主主義が根付かなかった。クーデターを支持する人が多かったのも、こうした理由が挙げられる。